人間の無意識下にある意志の調査
ある事象について数値化ができて、たとえば、0~100までで点数をつけるとしましょう。このとき、0点と100点は正反対の意見を象徴します。それで、いろいろな人に、意見を聞いて点数をつけてもらう。そして度数分布表を作る。うまくいって、一山のきれいな分布になれば、聞いた方々の総論において意見は1つ。二山以上になれば、意見が分かれていることをしめします。さて、この分布ですが、理論的には正規分布になるはずです。ある人が点数を決めるプロセスを考えてみましょう。まず、インスピレーションで基準の点数が浮かびます。そこを基準として、値が大きいかな?小さいかな?という調整を無限回して答えを出す。(というモデルを考えます)このプロセスは、大か小かの2つの自由度での判断のくりかえしと考えれば、同じインスピレーションを得た人がつける点数は、二項分布になるはずです。繰り返しを無限回しているという極限を考えれば、正規分布になります。
インスピレーションを得て基準の点数が決まり、それに人間的な意見で調整して最終的に点数を出すという心理的プロセスを考えると、このプロセス最中の値の時間の平均値と、集団平均が同じというエルゴード性の仮定によって、多数の人に実際につけた点数の平均値は、人類という一人の代表者のインスピレーションで得られた値に等しいという意味を持ちます。人間の無意識下にある意識があぶり出されたとうことです。このことは、教育的バイアスがかかっていないか、洗脳されていないとう条件下で考える場合に限り、民主主義的選挙の手法が普遍的な方法かもしれないことを示す1つの状況を示しています。そして、民主主義的手法とは、人間の無意識下にある共通意識をあぶり出す古典的手法であることも理解できると思います。
(p.s 正規分布なら ピークと平均値は一致します)
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